東京地方裁判所 平成8年(ワ)15826号 判決 1998年12月18日
東京都国分寺市泉町三丁目四番一号一〇六
原告
依田光弘
右訴訟代理人弁護士
秋山洋
同
〓屋年彦
右訴訟復代理人弁護士
髙橋淳
右補佐人弁理士
大橋邦彦
東京都板橋区大谷口上町一九番八号
被告
株式会社殿川貴金属製作所
右代表者代表取締役
殿川安彦
右訴訟代理人弁護士
蜂谷英夫
同
鶴田信一郎
右補佐人弁理士
田中二郎
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙物件目録記載の物件を製造し、販売してはならない。
二 被告は、その所有に係る別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、後記一1記載の実用新案権に基づき、被告による別紙物件目録記載の物件(以下「被告物件」という。)の製造・販売が原告の右実用新案権を侵害するものであるとして、被告物件の製造・販売の差止め及び廃棄を求めるとともに、不法行為による損害賠償として、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年九月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している。
登録番号 第一九〇一三四九号
考案の名称 宝飾品
出願年月日 昭和六〇年八月二七日
出願番号 実願昭六〇-一二九五二六号
出願公告年月日 平成三年六月四日
出願公告番号 実公平三-二五六一一号
登録年月日 平成四年四月二〇日
実用新案登録請求の範囲 別紙実用新案公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおり(ただし、同欄一六行目の「〇・七七r」の次に、「以下」との記載が挿入される(乙第八号証、第九号証、第一二号証)。)
2 本件考案の構成要件を分説すると、次のとおりである。
(一) 球面を有する多数の宝石類に、前記の球面にほぼ直交する透孔を穿ち、該多数の宝石類の透孔通連糸を挿通して連装した宝飾品であって、
(二) 前記多数の宝石類の間にそれぞれソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒を介装したものであり、
(三) 右駒はゴム弾性を有する材料で構成したものであり、
(四) 右駒は、
(1) 隣接する二個の、球面を有する宝飾品の球面の半径をrとし、
(2) 環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状とし、
(3) 該駒の中央部における最大厚さ寸法は〇・二r以下とし、
(4) 該駒の直径は〇・七七r以下とする。ただし、ソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒にあっては、削り落とす前のソロバン玉状の形状の直径を〇・七七r以下とする形状であること
(五) を特徴とする、通糸連装形の宝飾品
3 本件考案は、通糸連装形の宝飾品の通連作業を容易にし、しかも、連装された宝飾品を撓ませても通連糸に過度な張力が加わらないため、糸が切れたり伸びて弛んだりせず、様々な種類の通連糸の使用を可能とすると共に、宝石を損傷するおそれもなくし、使用中や販売過程での事故を軽減するという作用効果を有する。
4 被告は、被告物件を業として製造、販売しており、その所有に係る被告物件を占有している。
5 被告物件は、本件考案の構成要件(一)、(三)並びに(四)の(1)、(3)及び(4)をいずれも充足する通糸連装形の宝飾品である。
二 争点
1 本件実用新案権侵害の成否
(一) 構成要件(二)の充足性(被告物件の駒4の形状が、構成要件(二)の「ソロバン玉の周囲を削り落とした形状」に当たるか否か。)
(二) 構成要件(四)(2)の充足性(被告物件の駒4の形状が、構成要件(四)(2)の「中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状」に当たるか否か。)
2 原告の損害
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(一)(構成要件(二)の充足性)について
(一) 原告の主張
ソロバン玉は、横から見た場合単なる菱形ではなく、隣接する上下のソロバン玉との接触部分に相当程度の平面を有する。本件考案が、その実用新案登録請求の範囲で、菱形状とは記載せず、わざわざ「ソロバン玉状」と記載したのは、この平面部分の存在を考えてのことである。そして、別紙物件目録図2に示された被告物件の駒4の形状は、右のようなソロバン玉の平面から先をなだらかに削り落とした場合の形状である。また、被告物件の駒4の形状は、本件公報第5図の点線7'によって示された本件考案の一実施例における駒の形状と同じである。
したがって、被告物件の駒4の形状は、「ソロバン玉の周囲を削り落とした形状」に当たり、被告物件は構成要件(二)を充足する。
(二) 被告の主張
本件考案の作用効果及び本件実用新案権出願の経過に照らすと、本件考案における駒は、本件公報第9図のA、B、C、Aを順次結んだ三角形とこれと底辺ABを共有する同形の三角形とを張り合わせたナイフエッジ形状(すなわちソロバン玉状)を基本とし、右形状の範囲内に収まる形状であることを要し、構成要件(二)における「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」も、右のような形状を指すものと解すべきところ、被告物件における駒4はカプセル状であり、前記形状の外側となる部分が生じる。
したがって、被告物件の駒4は、「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」には当たらず、被告物件は構成要件(二)を充足しない。
(三) 原告の反論
本件考案の基本的発想は、駒の形状が、本件公報第9図のA、B、C、Aを順次結んだ三角形の範囲に概ね含まれるものであれば、通連糸に過大な張力が掛からないという作用効果が得られるというものであり、駒と両隣の宝玉とが干渉する部分が右三角形の範囲内に収まらない場合であっても、駒の逃げ(二個の宝石類が折り曲げられた際に、その間に介装された駒が外側に押し出される作用、以下同じ。)を考慮した場合において、干渉部分が駒の弾性変形により吸収されるという条件を満たすならば、本件考案の作用効果が得られることになる。この点、被告物件において、駒の逃げを考慮した場合、駒が両隣の宝玉と干渉する部分は、別紙図一のD、E、F、Gの各部分であり、このうち、前記三角形の外側になる部分は、D、Eの各部分にすぎないところ、これらの部分は、駒の弾性変形により吸収される前記三角形の範囲内の部分F、Gに比べてはるかに小さいから、F、Gの部分が駒の弾性変形により吸収される以上、D、Eの部分も駒の弾性変形により吸収されるというべきである。
したがって、被告物件の駒4が、前記三角形の範囲内に収まらないとしても、被告物件は、本件考案と同一の作用効果を有するから、構成要件(二)を充足する。
2 争点1(二)(構成要件(四)(2)の充足性)について
(一) 原告の主張
被告物件の環状の駒4は、別紙物件目録図2から明らかなように、中心部が厚く、なめらかに削り落とされた周辺部分の厚みが中心部より薄い形状であるから、「中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状」に当たり、被告物件は構成要件(四)(2)を充足する。
(二) 被告の主張
本件実用新案登録請求の範囲では、駒は、中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状で、中央部における最大厚さ寸法は〇・二r以下とされ、また、本件考案の実施例では、いずれも中央部が最大厚となっている。そして、本件考案の作用効果を生じさせるためにも、駒は中央部が最大厚であることが必要最小限の要求であり、そのうえ周囲がナイフエッジ形状でなければならない。この点、被告物件の駒4は、カプセル状であって、中央部と周辺部の区別はないというべきであり、仮にその両者を区別したとしても、中央部は平ら(あるいは凹部)であり、周辺部は単なる円形であって、ナイフエッジ状ではない。
したがって、被告物件の駒4は、「中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状」には当たらず、被告物件は構成要件(四)(2)を充足しない。
3 争点2(原告の損害)について
(一) 原告の主張
(1) 被告は、被告物件を、本件実用新案権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、遅くとも本件実用新案権の出願公告の日である平成三年六月四日以降、製造、販売している。したがって、被告は原告に対し、被告の右侵害行為により原告の被った損害を賠償すべき義務がある。
(2)<1> 主位的主張
平成三年六月四日から平成一〇年八月三日までの間に、被告が被告物件の販売により受けた利益は五億一四五〇万円であり、右金額は、被告の本件実用新案権侵害により原告が受けた損害の額と推定される。
<2> 予備的主張
本件考案の実施に対し原告が通常受けるべき金銭の額は、被告が平成三年六月四日から平成一〇年八月三日までの間に被告物件を販売した売上額の一〇パーセントに当たる一億二九〇万円とするのが相当であり、右金額は、被告の本件実用新案権侵害により原告が受けた損害の額である。
(二) 被告の主張
原告の主張を争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(一)(構成要件(二)の充足性)について
1 構成要件(二)の意義について
(一) 本件考案の構成要件(二)では、通糸連装形の宝飾品において球面を有する多数の宝石類の間に介装される駒の形状について、「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」とされているところ、右形状について、「実用新案登録請求の範囲」の文言のみからこれを一義的に確定することはできないというべきであり、本件実用新案権に関する明細書(以下「本件明細書」という。)のその他の記載や本件実用新案権出願の経過等の事情を総合して、右形状の意義について考察する必要がある。
(二) 本件明細書の記載について
(1) 本件明細書の「実用新案登録請求の範囲」の記載のほか、「考案の背景」、「考案の目的」、「考案の概要」及び「考案の効果」の各記載を総合すると、本件考案は、球面を有する多数の宝石類を用いた通糸連装形の宝飾品(例えば真珠のネックレスなど)において、本件公報第7図のような状態では、宝石類の粒の間に隙間が生じて見苦しくなることのないように通連糸に適宜の張力を与えておく一方で、これを身につけるために本件公報第8図のように弧状に撓ませた際には、通連糸に同図に示されるような過度の張力(すなわち、同図記載の2lの長さ分だけ通連糸が引っ張られることによる張力)が掛かって通連糸や宝石類を損傷することのないようにするために、宝石類と宝石類の間に介装される駒について、従来技術(本件公報第10図)とは異なった特定の形状を提供する考案であると認められる。
(2) そして、右駒の具体的形状について、「実用新案登録請求の範囲」では、その寸法を、宝石類の球面の半径rに対する比率によって構成要件(四)(3)及び(4)のように定めるとともに、その形状を構成要件(二)及び(四)(2)のように定めているところ、その技術的意義に関する本件明細書中の記載によると、以下の事実が認められる。
「考案の背景」の記載によると、本件考案においては、球面を有する多数の宝石類を用いた通糸連装形の宝飾品を身につけるために弧状に撓ませる場合に、隣接する二個の宝石類の粒が折り曲げられる角度は、経験則上四五度が最大限であるとの知見の下で、右四五度に折り曲げられた時に、本件公報第8図や第10図に示されるような過度の張力が通連糸に掛からないようにすることが実用上十分な機能とされていること(本件公報二欄一九行目ないし二六行目)、「考案の概要」では、隣接する二個の宝石類が右四五度に折り曲げられた状態の第9図が、本件考案の基本的原理を示すものとして記載されていること(本件公報四欄一五行目ないし一八行目)、右第9図においては、通連用透孔の中心線と二個の宝石粒の各球面との接点A、Bと右二個の宝石粒の各球面の接点Cをそれぞれ直線で結んだ三角形(以下「三角形ABC」という。)及び点Cから線ABに下した垂線の足Hが表示されているところ、これに関して「考案の概要」では、宝石粒の半径をrとした場合に、AからBまでの長さが約〇・二rに、CからHまでの長さの二倍が約〇・七七rになるとの計算結果(本件公報四欄二一行目ないし二三行目)を前提とした上で、「従って、いま双方の小球1d、1eの間に薄いそろばん玉状の部材を介装して点A、B間のスペーサとして機能せしめようとしたとき、その厚さ寸法は〇・二r以下とし、その直径を〇・七七rとしなければ、上記の介装部材が連装形宝飾品の撓みを妨げる虞れが有る。」(本件公報四欄二四行目ないし二九行目)、「また、厚さ〇・二r以下、直径〇・七七r以下の、ゴム弾性を有する薄いそろばん玉状のスペーサを介装すれば、撓みを妨げることなく通連糸の張りを一定に保ち得ることが解る。」(本件公報四欄三〇行目ないし三三行目)との説明がなされていること、「考案の実施例」では、本件考案の実施例として、第9図における三角形ABCとこれと底辺ABを共有する同形の三角形とを上下対称に張り合わせた形状(以下「菱形ABC」という。)とほぼ同一形状の駒(第1図)が、「薄いソロバン玉状のスペーサ」として記載され(本件公報四欄三九行目)、右実施例に関しては、「仮想線で示したように双方の小球を折り曲げても、スペーサ3は折曲げ作動を妨げることなく、通連糸2の張力をほぼ一定に保つ。」(本件公報五欄三行目ないし五行目)、「原理説明図(第9図)に示す断面形状において、スペーサの外形を直線AC、BCに構成すると、弧AC、弧BCと強く干渉することになるが、本例の如くスペーサ3をゴムで構成すると、スペーサの弾性変形及びスペーサの逃げによって干渉が吸収される。」(本件公報五欄六行目ないし一一行目)との説明がなされていること、同じく本件考案の実施例として、右第1図のスペーサの上下の先鋭部が水平に削られている形状の駒(第2図)が、「前例のスペーサ3の周囲を削り落とした形状」として記載されていること(本件公報五欄一四行目ないし一六行目)、さらに、右第1図及び第2図の実施例の説明に続いて、「本考案において、第1図の実施例に示した薄いソロバン玉状スペーサとは、その周囲が円形のナイフエッジ状になった形のスペーサをいい、その外径を〇・七七r以下に構成する。ただし、上記のナイフエッジ状は刃物状の鋭いものであることを要しない。」(本件公報五欄二一行目ないし二六行目)、「また、第2図の実施例に示したように、周囲の削り落とした形状のスペーサ4の場合は、仮想線で示したような削り落とし前の薄いソロバン玉状の円形ナイフエッジの外径を〇・七七rとする。」との説明がなされていることが認められる。
(3) 以上のような本件明細書の記載を総合すると、本件考案においては、前記(1)記載の作用効果を得るための駒の形状について、隣接する宝石類が四五度の角度で折り曲げられた状態を示す本件公報第9図に基づき、右の状態で宝石類の球面と駒との干渉を極力避けるための駒の形状として、菱形ABCに一致する形状を想定し、右形状において生じる宝石球面とのわずかな干渉部分(すなわち、直線ABと弧ABとによって囲まれる部分及び直線BCと弧BCとによって囲まれる部分)については、駒の弾性変形及び逃げによって干渉が吸収されて前記(1)の作用効果が達せられるとする一方で、右菱形ABCの範囲内に収まらない部分については、前記(1)の作用効果を阻害するおそれがあるとして、本件考案における駒の形状を、その寸法について、AB及び2CHの長さに対応して構成要件(四)(3)及び(4)のように定めるとともに、その形状について、第1図及び第2図の実施例の形状を表す文言をそのまま用いて構成要件(二)のように定めたものと認められる。
(三) 本件実用新案権出願の経過について
(1) 以下に掲げる各証拠によると、本件実用新案権出願の経過に関し、以下の事実が認められる。
<1> 本件実用新案権の昭和六〇年八月二七日付けの出願時における明細書の「実用新案登録請求の範囲」では、駒の形状について、寸法の定め(この点については、当初の明細書に計算違いがあり、最終的に手続補正書(乙第一二号証)により本件公報記載のとおりに補正されている。)のほか、「環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状」とのみ記載されていた(乙第七号証)。
<2> 右記載に対して、特許庁は、平成二年六月一九日付けで、「実用新案登録請求の範囲に、環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状にするという記載があるが、これは下図(別紙図二)のような場合も含まれてしまい、第10図に記載された従来例と比較して差が認められないので、実用新案登録請求の範囲に記載された事項のみでは、「連装された宝飾品を撓ませても通連糸の張力がほぼ一定に保たれ、糸が切れたり、伸びて弛んだりする虞れが無。」という作用効果が必ずしも得られるものとは認められないから、実用新案登録請求の範囲の記載と考案の詳細な説明の記載の対応関係が不明瞭である。」との理由による拒絶理由通知を行った(乙第一〇号証)。
<3> これに対して、出願人である原告は、平成二年九月二〇日付けの手続補正書により、明細書の「実用新案登録請求の範囲」において、駒の形状につき「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒」との限定を付加するとともに、駒の直径寸法について「ただし、ソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒にあっては、削り落とす前のソロバン玉状の形状の直径を〇・七七r以下とする。」との記載を付加し、併せて、同日付けの意見書において、「本願考案における環状の駒(スペーサ)が所期の効果を奏するために、第9図に示した三角形ABCの中に入り得る形状であるべきことは明らかであります。しかし乍ら、実際問題においては、これに関連した種々の問題が有ります。第1図の実施例のスペーサ3は、上記三角形ABCに収まる形状に構成したものですが、第2図のスペーサ4はその周囲を削り落とした形に構成してあります。従いまして本願考案におけるスペーサは必ずしも偏平な算盤玉のごとく周囲がナイフエッジであることを要しません。こうした事情を念頭に置いて本考案者は、所期の効果を得るための構成要件として、「駒の中央部の最大厚さ寸法を〇・二r以下とし、該駒の直径を〇・七七r以下とする。」という限定条件を定めたものでありますが、さらに、この度の補正により、第2図の実施例のように周囲を削り落とした形状のスペーサ4においても、仮想線で示した削り落とし前の形状の外形が〇・七七r以下であることを明記して、この〇・七七rという数字の適用を定義しました。これにより、第2図に示したスペーサ4(実線にハッチングを付した形状)は、その最大厚さ寸法を〇・二rに限定され、円錐面を延長した仮想の円形ナイフエッジの外径寸法が〇・七七r以下に限定されました。」との主張をした(乙第一一号証、第一二号証)。
(2) 以上のような本件実用新案権出願の経過に乙第七号証を総合すると、本件考案における駒の形状については、出願当初は「実用新案登録請求の範囲」において「環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状」であるとのみ定められ、これを前提に、その実施例として、<1> ソロバン玉状(本件公報第1図)、<2> <1>の周囲を削り落とした形状(同第2図)、<3> <1>を二個重ね合わせたもの(同第3図)のほか、<4> 凸レンズ状(同第4図)、<5> <4>の変形例(同第5図)、<6> 碁石状(同第6図)がそれぞれ挙げられていたが、その後、前記拒絶理由通知を受けての明細書の補正に当たって、出願人である原告は、本件考案が目的とする作用効果を達成するための駒の形状は菱形ABCの範囲内に収まる必要があるとし、このような形状を表すものとして、前記出願当初の各実施例のうち右形状の範囲内に収まる形状である前記実施例<1>及び<2>の形状、すなわち「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」を取り上げ、これをそのまま実用新案登録請求の範囲の記載に付加して、駒の形状の限定を行ったものと認められる。
(四) 以上のような本件明細書の記載及び本件実用新案権出願の経過を総合すると、ある物件につき構成要件(二)を充足すると認められるためには、当該物件において宝石類と宝石類の間に介装される駒の形状を、本件公報第9図に当てはめた場合に、右駒の形状が少なくとも菱形ABCの範囲内に収まることが必要であるというべきである。
2 被告物件が構成要件(二)を充足するか否か
被告物件の駒4の形状は、別紙物件目録図2のとおりである。被告は、被告物件の駒4の形状を本件公報第9図に当てはめた場合、右駒に菱形ABCの範囲内に収まらない部分が生じる旨主張する(前記第二の三1(二))ところ、原告もこれを争っていない(前記第二の三1(三))。
したがって、前記1で述べたところにより、被告物件は本件考案の構成要件(二)を充足しない。
3 原告の主張について
(一)原告は、駒の逃げを考慮して被告物件の駒を本件公報第9図に当てはめた場合の状態を示すものとして別紙図一を示した上で、同図における駒と宝石類との干渉部分のうち、三角形ABCの範囲内に収まらない部分D、Eは、その範囲内に収まる部分F、Gに比較してはるかに小さいから、F、Gの部分について駒の弾性による吸収が認められる以上、D、Eの部分についても駒の弾性による吸収が認められ、被告物件も本件考案と同一の作用効果を有する旨主張する。
しかしながら、既に判示したところから明らかなように、本件考案において、駒の形状を本件公報第9図に当てはめた場合、菱形ABCの範囲内に収まることは、駒と宝石類との干渉部分のうち、駒の弾性変形及び駒の逃げによる吸収を考慮した場合に本件考案の作用効果を妨げないものとして例外的に許容される限度を示したものというべきであるから、これを超える部分については、その範囲の大小にかかわらず、本件考案において許容されていないものというべきである。
したがって、原告の前記主張は失当である。
(二) また、原告は、被告物件の駒4の形状が、本件公報第5図の点線7'によって示された本件考案の一実施例における駒の形状と同様であることを、被告物件が構成要件(二)を充足することの根拠として主張する。
しかしながら、前記1(三)で認定した本件実用新案権出願の経過に照らすと、本件考案の出願人である原告は、平成二年九月二〇日付けの手続補正書において、本件考案の対象となる駒の形状を、出願当初の明細書において挙げられていた第1図ないし第6図の実施例のうち、菱形ABCの範囲内に収まる「ソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状」に限定したというべきであるから、本件公報第5図に示された形状の駒は、もはや本件考案の実施例としての意味を持たないものというべきである。
したがって、原告の主張する点は、何ら被告物件が構成要件(二)を充足することの根拠となり得るものではない。
二 結論
以上によれば、被告物件は、本件考案の構成要件(二)を充足せず、その技術的範囲に属しないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 大西勝滋)
別紙
物件目録
第一 名称
連珠宝飾品
第二 構造
一1 添付図面中、図1に示すように、この宝飾品は細いワイヤーの撚り線からなる通連糸1を、透孔3を備えると共に球面を有する多数の宝玉2に挿通することにより構成されている。透孔3は、該球面にほぼ直行するように穿孔されている。
2 各宝玉2の間には、図2に示す断面形状の駒4が介装されている。
3 該駒4は、ゴム弾性を有する材料(シリコンゴム)から構成されている。
二、ここで、該駒4は、両隣の宝玉による加圧等が原因で縮小し、連珠宝飾品に組み込まれた状態において、図2に示すように中央部の厚さは〇.六ミリメートル、直径は一.四ミリメートルとなっている。
三、そして、図3に示すように、通連糸1の両端部は溶融固化されて連結リング11、12を形成しており、これら連結リング11、12と隣接する駒4、4との間にはあらかじめワッシャー5、5がそれぞれ介装されている。また、連結リング11、12はC環6、6を介して不図示のクラスプにそれぞれ係止されるようになっている。
第三 添付図面の説明
(符号の説明)
1・・通連糸、11、12・・連結リング、2・・宝玉、3・・透孔、4・・駒、5・・ワッシャー、6・・C環、r・・宝玉の球面の半径。
(添付図面)
別紙のとおり。
【図1】
<省略>
【図2】
<省略>
【図3】
<省略>
<19>日本国特許庁(JP) <11>実用新案出願公告
<12>実用新案公報(Y2) 平3-25611
<51>Int.Cl.3A 44 C 25/00 識別記号 A 庁内整理番号 8915-3B <24><44>公告 平成3年(1991)6月4日
<54>考案の名称 宝飾品
<21>実願 昭60-129526 <65>公開 昭62-39509
<22>出願 昭60(1985)8月27日 <43>昭62(1987)3月9日
<72>考案者 依田光弘 東京都国分寺市泉町3-4-1-106
<71>出願人 依田光弘 東京都国分寺市泉町3-4-1-106
<74>代理人 弁理士 秋本正実
審査官 輪安夫
<56>参考文献 実公 昭59-29559(JP、Y2)
<57>実用新案登録請求の範囲
球面を有する多数の宝石類に、前記の球面にほぼ直交する透孔を穿ち、該多数の宝石類の透孔通連糸を挿通して連装した宝飾品において、前記多数の宝石類の間にそれぞれソロバン玉状、もしくはソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒を介装し、上記の駒はゴム弾性を有する材料で構成したものであり、かつ、次記の形状としたことを特徴とする、通糸連装形の宝飾品.
(a) 隣接する2個の、球面を有する宝飾品の球面の半径をrとする.
(b) 環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形伏とし、
(c) 該駒の中央部における最大厚さ寸法は0.2r以下とし、
(d) 該駒の直径は0.77rとする。ただし、ソロバン玉の周囲を削り落とした形状の駒にあつては、削り落とす前のソロバン玉状の形状の直径を0.77r以下とする.
考案の詳細な説明
〔考案の利用分野〕
本考案は、透孔を設けた多数の宝石類を通連糸によつて連装した宝飾品に係り、ネツクレス、ベンダント、ブレスレツト、ヘアーパンド、念珠、アングレツトリング等、環状の宝飾品類に適用し得るものである。
本考案において宝石類とは、貴石、半貴石、真珠、珊瑚、琥珀、龜甲、象牙及び合成石、模造石、並びに貴金属類をいうものとする。
〔考案の背景〕
これらの宝石類は、仕上げ加工を施した状態において一般に、球状、若しくは、球面を有する粒状乃至小塊状をなしているものである.
第7図は球状の3個の宝石類の粒1a、1b、1cにそれぞれ透孔を穿ち、通連糸2を挿通した状態を示す模式図である.rは宝石類の半径を示す。
上記3個の宝石類の粒に対応する連通糸2の長さ寸法Lは6rである.
これらの通糸連装形の宝飾品(例えばネツクレス)は一般に、これを環状にし、若しくは弧状に撓ませて身につける.この為、通連糸2は強い引張力を受ける.
第8図は連装された3個の宝石類の粒が弧状に撓まされた状態を示す模式図である.
本考案者経験則によると、連装された宝石類の粒の内で隣接する2個が折り曲げられる角度aは最大限45度である.
即ち、宝飾品の業者としては隣接する2個の宝石類の粒が45度に折り曲げられる場合を予測して、これに耐えるように通糸連通しておかなければならないし、また、45度の折り曲げに耐え得れば実用上の機能として十分である.
上記のように折り曲げられる(隣接する2個に注目すれば折り曲げられるものであり、多数の宝石類の粒の連装全体としては撓まされるものであり、両者は本質的に同一である)ため、連装形の宝飾品について難かしい技術的問題が有る。
即ち、第7図の状態で通連糸2に適宜の張力を与えておかないと宝石類の粒1a、1b、1c相互の間に隙間を生じて見苦しく、商品価値を下げる.
ところが、第7図の状態で通連糸2に適宜の張力を与えておくと、第8図のように折り曲げられたとき、該通連糸2に過度の張力が掛かつて切れたり延びたりする虞れがある。また、過度に張力の掛かつた糸が宝石類の透孔端部に局部的な力を与えるため、破損し易い宝石(例えば真珠)を欠損する虞れがある.このため、宝石類を通連する作業は高度の熟練を要し、使用する糸の材質・性能も大きい制約を受ける。しかも連装した宝飾品を強く折り曲げると(撓ませると)通連糸が損傷する虞れが有る.
従来、実公昭57-60341号に開示されているように、宝石と宝石との間にバネ材として弾性スペーサを入れた構造が公知であるが、この公知技術を適用した場合、連結された宝石類を折り曲げると連通糸に過度の張力が加わつて切れたり伸びたりする虞れが有り、しかも透孔の端部に過度の局部的な力が加えられて宝石を破損させる虞れが有るので却つて逆効果である。即ち、第10図に示すように、半径rの2個の球状宝石1a、1bを、厚さ寸法sの平板状スペーサ9を介して通連糸2で連結した場合、実線で示すように通連糸2を真直にした状態では双方の球の中心間の距離Lは、L=2r+sである.これを鎖線で示したように折り曲げると、中間間距離L'はL'=2r+s+21"となり、21"だけ増加する.従つて、この21"分だけ通連糸が強く引つ張られ、該張力の反力は宝石に掛かる.
〔考案の目的〕
本考案は上述の事情に鑑みて為されたもので、通連作業が容易で、しかも強く折り曲げても通連糸に過度な張力が加わらず、該通達糸や宝石を損傷する虞れの無い連装形の宝飾品を提供しようとするものである.
〔考案の概要〕
上記の目的を達成する為に創作した本考案に係る宝飾品は、球面を有する多数の宝石に、前記の球面にほぼ直交する透孔を穿ち、該多数の宝石類の透孔に連通糸を挿通して連装した宝飾品において、前記多数の宝石類の間にそれぞれ環状の駒を介装し、上記の駒ゴム弾性を有する材料で構成したものであり、かつ、次記の形状としたことを特徴とする。
(a) 隣接する2個の、球面を有する宝飾品の球面の半径をrとする。
(b) 環状の駒は中央部を厚くし、周辺部を薄くした形状とし、
(c) 該駒の中央部における最大厚さ寸法は0.2r以下とし、
(d) 該駒の直径は0.77rとする。
第9図は本考案の基本的原理を示し、半径rの2個の宝石粒の小球1d、1eが、その通連用の透孔の中心線1d-1、1e-1を45度に交差させた状態を描いてある.
双方の小球の通連用透孔の出口をそれぞれA、Bとし、双方の小球の接点をCとする。
点Cから線ABに下した垂線の足をHとする。このとき、AB≒0.2rとなり、2CH≒0.77rとなる.
従つて、いま双方の小球1d、1eの間に薄いそろばん玉状の部材を介装して点A、B間のスペーサとして機能せしめようとしたとき、その厚さ寸法は0.2r以下とし、その直径を0.77rとしなければ、上記の介装部材が連装形宝飾品の撓みを妨げる虞れが有る。
また、厚さ0.2r以下、直径0.77r以下の、ゴム弾性を有する薄いそろばん玉状のスペーサを介装すれば、撓みを妨げることなく通連糸の張りを一定に保ち得ることが解る。
〔考案の実施例〕
第1図は本考案の一実施例の説明図であつて、実線で描いた1a、1bは多数連装した宝石類の小球の内、隣接している2個を表わしており、その半径はrである。
ゴムで作つた薄いソロバン玉状のスペーサ3を構成し、、その最大厚さを0.2r以下とし、その直径を0.77r以下としてある。(小球の直径をRとすれば、スペーサ3の直径は0.385R以下である).ただし、本考案を実施する際、外観にスペーサが目立たないよう、その半径を0.4r以下とすることが望ましい。
以上のように構成した宝飾品(第1図)においては、仮想線で示したように双方の小球を折り曲げても、スペーサ3は折曲げ作動を妨げることなく、通連糸2の張力をほぼ一定に保つ。
原理説明図(第9図)に示す断面形状において、スペーサの外形を直線AC、BCに構成すると、弧AC、弧BCと強く干渉することになるが、本例の如くスペーサ3をゴムで構成すると、スペーサの弾性変形及びスペーサの逃げによつて干渉が吸収される。本考案を実施する際、宝石類の小球の数とスペーサ3の数とは必ずしも同一でなくても良い。
第2図は前記と異なる実施例を示す.本例のスペーサ4は前例のスペーサ3の周囲を削り落とした形状に構成してある。このようにしても前例と同様の作用、効果が得られる。
また、本例のスペーサ4の如く、その中心孔の開口端付近をテーパ伏に拡開しておくと、通達糸の挿通に便利である。
本考案において、第1図の実施例に示した薄いソロバン玉状スペーサとは、その周囲が円形のナイフエツジになつた形のスペーサをいい、その外径を0.77r以下に構成する.ただし、上記のナイフエツジは刃物状の鋭いものであることを要しない.
また、第2図の実施例に示したように、周囲の削り落とした形状のスペーサ4の場合は、仮想線で示したような削り落とし前の薄いソロバン玉状の円形ナイフエツジの外径を0.77rとする.
第3図は更に異なる実施例を示し、2個のスペーサを重ね合わせて介装してある.このように構成しても、合計厚さ寸法を0.2r以下とすることによつて前記実施例同様の作用効果が得られる.
第4図は、凸レンズ状のスペーサ6を用いた実施例を示す。上述の各実施例の如く、スペーサ3の形状は任意に設定できるが、中央部を厚くすると共に周辺部を薄くすることが必要である。
第5図は、第4図の実施例の変形図である。仮想線で示した凸レンズ状の基準面6’に内接する集合円錐体状のスペーサ7を構成しても、前例と同様の作用、効果が得られる.上記のスペーサ7の外周部を、点線7’のように削り落としても作用、効果に大きい変化は無い.
本考案を実施する場合、スペーサを介装すべき一対の宝石類の球面が半径を異にする場合は、それらの半径の算術平均に基づいてスペーサの寸法を算出すれば、実用上の不具合を生じない。
第6図は前記と更に異なる実施例を示し、1f、1gは、ほぼ円柱に近い形状の宝石類の小片で、その端面1f-1、1g-1は平面に近い球面(曲率半径が著しく大きい球面)である。このような場合も、その通連用の透孔1f-2、1g-2が、それぞれ球面1f、1gに対してほぼ直交していれば本考案を適用することができる。本実施例のスペーサ8は、中心孔を有する碁石状に構成してある。
〔考案の効果〕
以上詳述したように、本考案を適用すると、格別の熟練を要せずに容易に通連作業をすることができ、しかも、連装された宝飾品を撓ませても通連糸の張力がほぼ一定に保たれ、糸が切れたり、伸びて弛んだりする虞れが無い.また、糸の弛みや糸切れの心配が極めて少なくなるため、使用中や販売過程での事故が激減し、消費者保護及び商品流通円滑化の面からも非常に有効である.更に、糸に強い張力が掛からないため使用すべき通連系の選択範囲が拡大され、伸縮性の大きい糸も小さい糸も使用できるようになつた.しかも、通連糸に過大な張力が掛からないため、糸の張力によつて宝石が破損する虞れが無くなり、宝石の耐久性向上の面にも優れた実用的効果を奏する。
図面の簡単な説明
第1図は本案の…実施例を示す模式図、第2図乃至第6図はそれぞれ上記と異なる実施例の説明図である。第7図及び第8図は従来技術における問題点の説明図、第9図は本考案の原理的説明図である。第10図は公知技術の不具合の説明図である。
1a、1b、1c、1d、1e……宝石類の小球、1f、1g……ほぼ円柱状の宝石類の小片、1f-1、1g-1……球面、1f-2、1g-2……通連用の透孔、2……通連系、3、4、5、6……スペーサ、6’……仮想の基準面、7、8、9……スペーサ。
第1図
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第2図
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第3図
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第4図
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第5図
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第7図
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第6図
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第8図
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第9図
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第10図
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別紙図一
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別紙図二
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実用新案公報
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